自転車の特性について、「低重心による安定の良さ」といった言葉をときに見かけます。本当にそうでしょうか…。
それを考えるために、このシリーズの⑧自転車の直立の原理に戻ります。⑧では、自転車の直立走行の原理は手の平の上で棒を立てるのと同じ、人と自転車の合成重心から下ろした垂線が前後輪の接地点を結ぶ接地線を通るように進路を変えて直立を保つ、と記しました。そこで実際に手の平の上の「棒立て」をやってみると、鉛筆のように短いものではとても無理。1mほどなら可能。さらに言えば、ただの棒ではなく、箒のほうが立てやすいことが分かります。
その理由は、重心位置の高低にあり、高いほうがゆっくり倒れるからで、短い棒よりも長い棒、同じ長さなら箒のように上が重いほうが、ただの棒よりも重心位置が高いからです。そこで、こうしたことを自転車に当てはめて高重心と低重心を比べてみます。
まず高重心の場合は倒れる速さが遅いため、合成重心からの垂線が接地線を通るように進路を変えるのに時間の余裕があり、おだやかなハンドルさばきが許されます。しかも、ハン ドルの切り角の許容範囲も広くなります。
これを確認する方法には両手離しがあり、同じ上体の姿勢で、サドルを目一杯下げた場合と、ペダリングに支障をきたさない程度までサドルを上げた場合を比べると、分かるはずです。
一方、低重心の場合は倒れる速さが速いために機敏に対応しなければならず、しかもハンドルの切り角の許容範囲が狭くなり、的確なハンドル操作が要求されます。
幼児が小さな自転車に乗っているのを見ると、小刻みにハンドル操作をしていますが、これは下手だからではありません。小さな自転車は合成重心の位置が極めて低く、合成重心からの垂線が接地線を通るようにするためには、せわしなく進路を変えなければならないからです。というわけで、前後二輪の走行物体である自転車は、低重心のほうが高重心よりも安定が悪いのです。
低重心のほうが安定が良いのは静止状態でも倒れない自動車のような場合で、静止状態では倒れてしまう自転車には、「低重心による安定の良さ…」という言葉は当てはまりません。低重心による敏捷性は欠点を逆手にとったやりかた、さもなければ、安定が悪いから機敏な操作をせざるをえないのです。